自分
2021.08.31 眞田正適の心書

住職の心書56.映った自分

お釈迦様は
水の入った器があって、その水が濁っていたら人の顔がはっきりと映らないからありのままの顔を見ることができない。

またその水が煮えきった熱湯になっていたら顔ははっきりと映らず、人の心が怒りの炎で燃えていたら何事にもありのままに見ることができない。


これに対して、その水が濁っておらず煮えたぎっておらず、人はその水に顔を映してありのままの顔を見ることができ、心がむさぼり怒りの口で覆われていない時は何事もありのままに楽しく思い浮かべることができると説かれました。

知心寺住職 正適