人間性
雑草
3月定例講・特別講を開催しました
明日の予定や、する事が想像出来ていたらなんら不安を感じることはない。いつも通りにいくからである。いきなり新たな挑戦をするとなると過去にそのような経験がないから想像はつかないから不安を感じるのも当然で
「他人の過失を見るなかれ。他人のしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ」(法句経)良くも悪くも沢山の情報が溢れている現代社会では世界中のありとあらゆる情報があり、自分との
若くで妻を亡くされた人に出会った。色々と心残りがありますと語っておられる。反対に夫を早くに亡くされた方にも同時にお会いした。やはり同じことを言われる。
「勝利者が勝ち取るものは敵意である。敗れた人は苦しんで萎縮する。心穏やかな人は、勝敗を捨てて安らかに過ごす。」(法句経)
公園で少年サッカーの試合を見ていた。ある少年が仲間チームの絶妙なパスを受けてシュートをしたが残念ながら外してしまった。少年は悔しがっていたがすぐに戻り、守りの位置についた。
そもそも「坐る」とはなんでしょうか?「坐」は「土」と「人」二文字で構成されおります。「土」という漢字の上の短い横「一」は肩。下の長い「一」は足。縦の「I」は上半身を表します。
長い・短いの時間の感じ方は時との「間」にあります。時と人との向き合い方(間)に感じ方の差がうまれてきます。物事に真剣に向き合っていれば短く感じますし、惰性で生きてしまえば長く感じるのは当然であります。
坐ることの心構えは姿勢と呼吸の2つを整えることであります。姿勢を整えると呼吸も変わってきます。呼吸を整えると心も変わってきます。「香を執れば自ら馥し、衣を洗えば脚浄し」(性霊集)